By ono

◼️「ホットドッグの調理に使った水」・・・だと・・・?
「健康」ってある意味一種の病気だと思うのよね。というわけでカナダからのニュース。ホットドッグの入った水、その名も「ホットドッグ・ウォーター(そのまんまかよ)」がイベントで発売され、お値段が4千円もするのに結構売れている、という話題です。
さて、このイベントというのはカナダのバンクーバーで開催された「カーフリーデイ・フェスティバル」。会場内で自称カナダ人アーティストのダグラス・ベバンズさんが例の「ホットドッグ・ウォーター」を販売しました。お値段は38ドル(約4200円)。ボトルの表示によれば、この水は「ホットドッグを調理する際に使用した水」。
◼️痩せて、若返って、頭が良くなる!
販売していたくだんのダグラスさん曰く、この水の素晴らしいところは、「痩せることができ、若く見えるようになり、脳の機能を向上させ、活力が向上する」だとか。更に、「ホットドッグ・ウォーターで作ったプロテインは、体内の水分やナトリウム、その他運動後に必要なすべてのものの吸収を助ける働きがあるのです」ともコメントしています。また、ノーベル賞受賞の栄養士、シンシア・ドリンガス氏も絶賛、「ホットドッグウォーターは新世代のココナッツ・ウォーターです!」とのコメントも。
見た感じ、中に一本のホットドッグが入っているように見えますけど・・・はてさて。結局この日、ホットドッグウォーターは合計約60リットル分が売れていったそうです。
◼️ジョーク、というか風刺
さて、皆さまだいたいすでに感づいていると思いますけど、この「ホットドッグ・ウォーター」、健康に良いというのは全くの嘘。製作者がアーティストっていう段階でだいたいそういうことだろうな、とは思うんですけど、ダグラスさんによれば、
Around $1,200 (£904) was spent on the stunt, on items such as labels and bottles, with the hope that people will “go away and reconsider some of these other $80 bottles of water that will come out that are ‘raw’ or ‘smart waters’ or anything that doesn’t have any substantial scientific backing but a lot of pretty impressive marketing.”
人々がいわゆる「スマート・ウォーター」みたいなものを80ドルで買ったりするのをちょっと考え直してくれれば、という期待を持っている。それらにはなんら科学的な裏付けも無いのに印象的なコマーシャルで売れているんだ。そういうことを考える機会にして欲しくて、1200ドル(約13万円)かけてこの商品を作ったという訳さ。
だそうです。さっき出てましたけど、ココナッツ・ウォーターも何年か前に健康に良いとか言われてブームになりましたけど、そのことを皮肉っているのかもしれません。人って・高い、・おしゃれ、・健康に良い、という3つが揃うとなんでも手を出してしまうのよね、ついつい・・・。
逆にこれはこれでジョーク飲料としてブームになったら面白いんだけどな。
捕捉:カーフリーデイ・フェスティバルとは、「車の無い地域社会を育成しよう」という目的で行われる歩行者天国のイベント。普段は道路になっている場所で様々なイベントを行います。2018のバンクーバー・カーフリーデイ・フェスティバルは6月17日に行われました。
関連:「怪しいかばんを発見!爆弾処理班を呼べ!」→「ホットドッグですね、これ」
<ネタ元:Man trolls festival-goers by selling hot dog water for £30 – and people actually bought it>
By ono

■大量のお札が紙くずに
インドの町で、ATM内の現金がネズミに食い荒らされるという事件がありました。
場所はインド北東部にある人口約10万人の町、ティンスキア。インド国営銀行の関係者、ビマル・デブロイ氏は「このことには非常に驚いている。現在正式な調査を命じている」とコメントしています。
■小さな穴からネズミが侵入
事件のあったATMは5月20日に故障が報告されていましたが、修理担当の技術者が到着しなかったために6月11日まで放置されていたそうです。技術者が中を確認して見たところ写真↑のような惨状になっており、被害にあった紙幣は約130万ルピー(日本円で約210万円)になりそうとのことでした。
警察の発表によれば、どうやらATMから出ているケーブルの小さな穴を使ってネズミが機械の中に侵入したらしく、紙くずになった大量の紙幣と一匹の死んだネズミが発見されたそうです。
ネズミおそるべし。中で死んでたということは、お札をたらふくお腹に入れたら入った穴から出られなくなった的な事情があったんでしょうか。使いきれない財産に囲まれて死んでしまうという何か人生の啓示的なものを感じて・・・感じないな。とりあえずインドのATM、がばがば過ぎでしょ。
関連:
大事な犯罪の証拠が、まさかのネズミに荒らされ穴だらけっていう話
テストの答案、ネズミにかじられる
<ネタ元:Rat shreds million in notes after getting into ATM in India>
By ono

ハリウッドが日本のアニメを実写化した「ゴースト・イン・ザ・シェル」
「攻殻機動隊」というと非常にファンの多い漫画・アニメ作品ですね。人間が直接「電脳」と呼ばれるネットワークに接続できる近未来の世界を舞台に、内務省直属の攻性公安警察組織「公安9課」(通称「攻殻機動隊」)の活躍を描いた作品群で、本作はハリウッドによる初の実写化という触れ込みで非常に話題になりました。脳以外身体の全てを義体化した”少佐”こと草薙素子をスカーレット・ヨハンソンが演じています。

■あらすじ
ネットに直接アクセスする電脳技術が発達し、人々が自らの身体を義体化(=サイボーグ化)することを選ぶようになった近未来。脳以外は全て義体化されたエリート捜査組織「公安9課」は、サイバー犯罪やテロ行為を取り締まるべく、日夜任務を遂行していた。
そんな中、ハンカ・ロボティックス社の推し進めるサイバー技術の破壊をもくろんだテロ組織による事件を解決すべく、少佐は同僚のバトーらと共に捜査にあたるが、事件を調べていくにつれ、自分の記憶が何者かによって操作されていたことに気付く。
やがて、真の自分の記憶を取り戻していく少佐は、驚くべき過去と向き合うことになる・・・(wikipediaより)

■様々に展開する攻殻機動隊ワールド
映画の話をする前に、元になっている作品を一応確認。原作となっているのは士郎正宗による1991年発行の漫画です。その後、1995年に押井守監督による劇場版アニメが公開され、2002年にはTVアニメ版が公開されました。
今回の実写版は劇場版アニメを色濃くトレースしており、本編と全く同じカット割りのシーンなども多く登場します。シリアスで笑わない素子も劇場版のキャラクターを参考にしていると言っていいのではないでしょうか。これは劇場版アニメがアメリカで大ヒットしており、当時ビデオがビルボードチャートで1位を取ったこと等も大きな要因なのだと思います。

劇場版アニメでは人間が電脳化されてネットワークに直結し、脳の情報すらも書き換えられるようになった時代、本当の自分とは何か、人間の魂(作品中では「ゴースト」とも呼ばれる)とは何か、といった存在の有様が一つのテーマとなっていたように思います。漫画版及び劇場版では素子は自称「情報の海の中で誕生した生命体」であるハッカー「人形使い」に共鳴し、その生命体と融合を図ろうとするのです。
劇中、素子はこんなことを呟いています。
人間が人間であるための部品が決して少なくないように、自分が自分であるためには、驚くほど多くのものが必要なの。
他人を隔てるための顔、それと意識しない声、目覚めの時に見つめる手、幼かった頃の記憶、未来の予感、それだけじゃないわ。
私の電脳がアクセスできる膨大な情報やネットの広がり、それら全ては私の一部であり、私と言う意識そのものを生み出し、そして同時に、あたしをある限界に制約し続ける・・・

■で、今回のハリウッド実写版は
先ほども書きましたが、劇場版アニメを下敷きにしている本作は、原作を観ていると思わずニヤリとしてしまうような場面やオマージュが多く、スカーレット・ヨハンソンのビジュアルもとても素敵で、一般的に楽しめる作品になっていると思います。映像的にもレベルは非常に高いです。さすがハリウッド。お金をかけた映画はちゃんと外さないように仕上げてあります。でもね・・・
この映画、元々の劇場版アニメが主題にしていたであろう、「電脳化された時代、人が人であるとはどういうことなのか」っていうテーマを、丸ごとアレンジしちゃってるのよね。あらすじにも書いてあるけど、素子が本来の自分の記憶を探して自分の過去と向き合う、いわば「自分探し」が目的になっているんです。いつの時代も自分探しは人気あるテーマだしね。これによって、話はすごくわかりやすいストーリーになったんだけど、本来の作品が醸していたサイバーパンクさが微塵も無くなってしまった。とんがった部分が削られたことで、これといった強烈な特徴がない映画になってしまった、とも言えるんじゃないかなあ。だから原作に思い入れのある方には物足りないです。逆に普通のSF映画として楽しむぶんには文句なし。

個人的には冒頭で出てくる芸者ロボ↑が好き。こういう独特の味をもっと出してくれたらよかったのになあ、と思いました。あまり攻殻機動隊に思い入れのない人が観た方が楽しめるのかな。また、この作品を機会に原作アニメを観てみるというのも面白いと思います。今観ても十分楽しめるクオリティだと思いますよ。
By ono

■新作ではありませんけれども
ここ何年か、年間55本くらいの映画を観ております。映画好きな人はもっとたくさん観ていらっしゃるんでしょうけど、私はなかなか時間が取れず、この辺が限界です。さて、今回は昨年観た作品で個人的に面白かったものをいくつかご紹介したいと思います。何か面白い映画ないかなーという方の参考になればいいな、と。ちなみに昨年ブログで紹介した映画は含みません。あと、基本的に新作ではないです。

1)ダラス・バイヤーズクラブ(2013年・アメリカ)
本当に素敵な映画です。エイズで余命を宣告されたロンが自ら本当に必要な薬を探し出し、遂にはそれを同様に苦しむ人たちへ配ることを考え始める。ガリッガリに痩せたロン役のマシュー・マコノヒーのらんらんとした目つきは凄みを感じさせ、アカデミー賞の主演男優賞を受賞したのも頷けます。
自堕落で破天荒だったロンが病気について勉強を重ね、医療業界の矛盾に気づき、それにたてつこうとする。気付かないうちに彼が様々な人に慕われていく様は、観ていて本当に笑顔になります。
幸せになれる映画。実話です。
■あらすじ
1985年ダラス、電気技師でロデオ・カウボーイのロン・ウッドルーフは「エイズで余命30日」と宣告される。当時まだエイズは「ゲイ特有の病気」だと一般的には思い込まれており、女好きであるロンは診断結果を信じない。しかし、詳しく調べるうち、異性との性交渉でも感染することを知る。友人や同僚たちに疎んじられ、ロンは居場所を失ってゆく。
当時臨床試験が開始されたばかりだった新薬、AZTの存在を知ったロンは主治医に処方してくれと迫るが、「安全性が確認されていない薬を処方することはできない」と突っぱねる。AZTを手に入れるべく、教えられた医師をロンが尋ねたところ、彼はそこで驚くべき事実を耳にするのだった・・・
続きは下からどうぞ。
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By ono

公開から結構時間が経ってしまいましたけど、観に行ってきました。「ブレードランナー2049」。今さら説明するまでもありませんが、1982年に公開されたSF映画「ブレードランナー」の続編になります。「ブレードランナー」の設定は2019年の未来でしたが、今度は2049。あれから30年が経過したことになっています。というか、最初のブレードランナーって2019年の設定だったんですね。あと2年で来てしまいますけど良いんでしょうかこれで。
ブレードランナー(2019)
一作目の「ブレードランナー」で描かれている未来世界では、人類が既に宇宙に移住して惑星の開拓などを行っており、その労働力として人造人間「レプリカント」が製造され、従事しているのです。ただしレプリカントは製造後に数年経つと感情が芽生え、人間に対して反抗するため、4年の寿命が設定されています。また、人間社会にこっそりと紛れ込むレプリカントが出るため、「解任」と言って抹殺しなければならず、その任務を負った捜査官が「ブレードランナー」と呼ばれていました。

説明が長くてごめんなさい。1作目の主人公はブレードランナーのデッカード(ハリソンフォード)なのですが、彼は任務を遂行した後、脱走した女性型レプリカントのレイチェルと共に二人で逃走して映画が終了します。二人の行く末が、実は「2049」の方でもストーリーの要になっているのです。
ブレードランナー2049のあらすじ
2049年、最新型レプリカントの「K」はブレードランナーとして旧式レプリカントを探し出し「解任」する職務についていた。そんな中、レプリカントのサッパー・モートンを「解任」した際、庭に植えられた木の下に古い箱が埋まっているのを見つける。中には遺骨が入っており、女性型レプリカントのものであることが判明する。後日、この遺体を分析すると驚愕の事実が判明。Kの上司、ジョシは今回の事実公表によって人間社会が大混乱することを危惧、この女性型レプリカントに関係する全ての人間を調べ、あらゆる痕跡を抹消することを命令するのだったが・・・

2時間43分の尺
映画の感想ってなると、一言目に来るのはやっぱり「長かったな・・・」でした。2時間半を超えて来るとちょっときついな、正直。それほど派手なアクションシーンが続くわけでもないし。映像表現そのものはどこを切り取っても確かに美しい。これはさすがドゥニ・ヴィルヌーヴ監督と言ったところ。だからブルーレイで出たらもう一度じっくり楽しみたいな、と思います。あまりはっきりと語らせず、モヤモヤしたまま進行するのもこの監督らしいといえばらしいんですけどね・・・

レプリカントと人工知能
この映画の主人公はレプリカント。これははっきりと示されていて、かつそのことを周囲の人間も知っているようです。彼が住む自宅のドアにも「スキンジョブ(人間もどき)」といたずら書きされる始末。だけど彼は微塵も「人造」な挙動を感じさせません。何故なのかな。それだけ最新型のレプリカントはより人間と見紛うほど精細にできているのかな。彼は仕事以外ではあまり他人と関わりを持たず、自宅ではAIが作り出すホログラムの女性と暮らしています。この女性、劇中では途中からバージョンアップして、天井に取り付けられたレールの下以外の自由な場所に出現することが可能に。実体がないだけでどこへでも一緒に出かけられる恋人と化したのでした。で、この女性を演じているのがアナ・デ・アルマス。とにかく可愛くて、見ているこっちが好きになりそう。いや本当に。

このホログラムの女性「ジョイ」なんだけど、「K」と完全に恋に落ちます。もちろん、そういうプログラムなのかもしれないけど、最後の方なんか、わざわざ街の娼婦を自宅に呼び、自分のホログラムを被せて「K」と擬似セックスをするまで行ってしまいます。ここまでくるともうプログラムとかの域を超えちゃってない?
結果、AIもレプリカントも、ほとんど人間と変わらないなってことに。というよりはむしろ「人間が様々な姿になって出現している」ようにも見えます。だいたいウォレス社で試験的に生産した最新型レプリカントなんて、社長のウォレスがメスで切りつけたら血が飛び散ってるし。それもう人間じゃないの?で、その様子を後ろで見ている秘書のレプリカントはそれを見て涙流してるし。普通に人間じゃないの?地中から見つかった遺骨がレプリカントのものだっていうし、死んで骨だけ残るなんてもう完全に人間じゃないの?というかこれってクローン?レプリカントってクローンのことなの?そんなことを考え出すと映画の最中もやっぱりモヤモヤ。この辺の詳細についても明確には語られないのです。じれったいよドゥニ監督。そういう芸風なんだろうけど。

人間とそれ以外を隔てるものとは
結局、レプリカントもAIも、様々な感情を持つことで人間と差異が無くなってくると、人間と「それ以外のもの」とを隔てる一線とは何なのか、という疑問が生まれます。感情を持つ「それ以外のもの」に魂はあるのか、という問題でもあるんですが、これもブレードランナー2049に置ける一つの大きなテーマ。生み出されたもの、創り出されたもの、有機と無機・・・映画の演出的には、敢えて二つの違いを見えづらくしたことで、それぞれの本質とは何なのかを浮き彫りにしたかったのかも知れませんね。

前作の「ブレードランナー」は、「いつも暗くて雨」「人種の入り混じった汚い雑踏」「変なオリエンタル」という、今までにないハードな未来を描き、一つの未来のスタイルを作り上げました。ブレードランナーの世界観に影響を受けてる、もしくはパクっている作品を探し出したらキリがないほどです。そういう意味では一つの金字塔とも呼べる作品となった前作と比べてしまうと、今作はどうだったのか。もちろん、映像の美しさはちょっと他では見られないレベルですし、難解な部分も含めて、徐々に評価は変わって行くのかも知れません。一つ言えるのは、本作を見た人同士でおしゃべりしたら楽しいだろうな、ということ。わからないことが多いだけ、あれこれ想像、妄想する楽しみがあるのかも知れません。興味と時間と体力のある方は是非ご覧になってはいかがでしょうか。そんで、感想聞かせてください。